ODR Pickups/半蔵門ビジネストーク

株式会社ODR Room Network

このブログは、株式会社ODR Room Networkのお客様へのWeekly reportに掲載されている内容をアーカイブしたものです。但し、一部の記事を除きます。ODRについての状況、国際会議の参加報告、ビジネスよもやま話、たまにロードレーサーの話題など、半蔵門付近を歩きながら雑談するようにリラックスしたお話中心。

【ODRピックアップ】20150317 帰れる場所を創ろうじゃないか

【ODRピックアップ】20150317 帰れる場所を創ろうじゃないか

 

 学生時代の所謂悪友(親友といいたいが、実は心をじっくり開いたのは最近になってからなのだ)は、早くから海外で仕事をしてきて、ここ数年は欧州系企業の日本法人の幹部職を務め、直近は大手化学系企業の社長にまで”昇りつめ”ました。ここ2〜3年は、お互いに「接待場所開拓」と称して、都内を食べ歩き(昔は飲み歩いたがお互いに内臓を壊し美食に走った)、自称”景気回復に貢献”してきました。その彼からの最近の相談は息子さんの就職のことでしたが、そのうち彼自身の進退の話題が加わり、ついに欧州景気の煽りをうけて彼の日本法人も閉鎖となり、社長業の最後は会社の解散という手続きを担当するという珍しい幕切れでした。(かく言う私も、最後のベンチャーでは、”代表清算人”というこれもたぶん珍しい肩書きで終えています)

彼は悩みました。退職後どうするか。幸い人脈は国内外にあります。

(1)顧問や相談役などで入ってほしいという企業も複数ある。しかし、給料は下がるだろうし、必ずしもずっと雇用されるとは限らない。人脈が切れた2年後くらいにお役御免になる可能性は十分あります。そうでなくても、給与が下がって閑職に追いやられることだって。

一方、

(2)人脈を活かして自分で会社を設立するなどして動き回るという選択肢もとれなくはない。ただ、最初から売上に繋がるかは不明確。彼曰く、「ずっとサラリーをもらう生活をしてきた。それがなくなる不安感は非常に強い」。

この2つは、残りの職業人生の”選択を迫られた50代”の典型的な選択肢なのではないでしょうか。もちろん次の素晴らしいポジションに恵まれ選択には迷わない人も一定数はいるのでしょうが、多くは、どちらにしようか、どちら方向にいくのが自分にとって正しいのか揺れるのだと思います。

実際には、割り増しの退職金があったとしても、なかなか(2)の選択肢はとりにくい。悪友と同じ理由の人は多いのだと思います。あるいは、家族の状況によっては、(1)以外の選択肢はとれないというケースも多いでしょう。ローンがある、扶養する家族があり、ご子息がまだ学生かもしれません。

結果として悪友の場合、実家が大きな地方都市だったこともあり、(1)の道を選びました。数年後にはまた(2)をやろうと思っているかもしれないなと、最後の会食で彼はつぶやいていました。

 

さて、我が故郷N市は過疎化が進む地方の小さな市です。シャッター商店街もできつつあり、世代別の人口動態では、大学進学する18歳〜22歳あたりで大きく減り、一部戻るものの回復はしないまま、人口が減っていくパターンを描きます。そして、50代以降にまた増える=リストラ、早期退職、あるいは介護などで戻ってくるケースも少なくないと推測します。

私の故郷のような地方の小都市の場合、寧ろ(1)の選択肢が少ないのです。働き口は非常に少ないようで、ある同級生は日雇いに出ているそうです。サラリーマンの別の後輩は、「どんな仕事?」と聞いたら 「工場で段ボールを潰している(入荷された部品の箱を片付けるためにつぶす作業が多い)」そうです。友人の多くはサラリーマンですが、別の地方都市に通っていたり、実家の商売を手伝うという人もいますが、人口が減っていく地域では市場が小さいので商売は先細りになるのは明白です。

(2)の選択肢はとれないものでしょうか。

前述のように市場は小さいので、外へ市場を求めることにはなります。ネット活用は必須。例えば、翻訳をしてもらいたいニーズはあります。経営や会計ノウハウは活かせないでしょうか。IT出身者も多いのでは?

 

そんな同じような危機感を持つ友人と受け皿となりうる会社を創ってみようと声をかけ、小さなIT企業を設立しようと動き始めました。登記の過程で、わかったのは定款認証を受けるための公証役場がないこと、設立登記のできる法務局がないこと。。。

まずはそこから?先は長いぞ!(自嘲)

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