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ODR Pickups/半蔵門ビジネストーク

株式会社ODR Room Network

このブログは、株式会社ODR Room Networkのお客様へのWeekly reportに掲載されている内容をアーカイブしたものです。但し、一部の記事を除きます。ODRについての状況、国際会議の参加報告、ビジネスよもやま話、たまにロードレーサーの話題など、半蔵門付近を歩きながら雑談するようにリラックスしたお話中心。

【つれづれ】20170203 会社とか国家とか

【つれづれ】20170203 会社とか国家とか

 

新聞やTVを見ていると、国民や社員からの声としてよく聞く表現があります。

「"国"(政府)の対応が。。。」とか、
「"会社"(経営層)がちゃんと対応してくれない。。」

 

時として政府あるいは経営層の人間もこの言葉を使うことがあります。
「"国"(政府)としては、精一杯努力をしています」とか
「"会社"としても苦しいのですが。。」
「"会社"としては、"国"の基準に従って。。。」

 

この表現には、ある違和感を感じています。
それは、"会社"とか"国"を主語として使うことは、実際は責任を持つ(べき)"誰か"のことを隠蔽して、責任を逃れる意図が感じられるからなんです。

   *  *  *

30年前、開発の現場から企画職に異動となり、最初の仕事に含まれていたのは社内報に掲載する記事の執筆でした。テーマは、「フレックスタイムの導入」。所属していたその企業は、株式公開を控えて、IRを強化しており、「働き易さ」とか「社員のための」を一つのウリにしてました。

記事は、

「会社が動き出した。ついに、当社でも時代の要請に応えて~」

のような"ありがち"な書き出し。400字2枚ほどにまとめて、上長に承認してもらおうと持参する。 この上長。実は、その後の私の仕事のやり方を変えてくれた大恩人ですが、野球選手の江夏豊に似た強面の風貌、よく通るバリトンボイスで、修羅場をくぐり抜けてきた大迫力の50代。それまで、中間にいた上司を経由して仕事をしていたので、直接、決済をあおぐのは初めてでした。


「こんな感じでどうスかぁ~~?」(ヘラヘラ〜〜〜)

 

「☆/○#$"')=!~!!」← 聴き取れない。。。多分、(何だコレは?あり得ない!ダメだ全然!)

あ。。。すみません。。。え~と。。。

「=~|%?><』_*ッッP」← 聴き取れない。。。
え~~と、どの部分でしょう??

「ダゥ!バゥ!ボゥ!」← 聴き取れない。。。が、そんな風に聴こえた。。。

 

上司は続いて、赤鉛筆で校正を入れ始めたのですが、これが。。。読めない。。
しかし、次の言葉が、

「"会社"が動く?~|$"! "原始共産主義社会"じゃねぇんだ。。。'&$#0=」
と一瞬聴き取れました。

 

結局、全く指摘が理解できず、迫力に聞き返す事もできず、自席に戻ります。原稿の締め切りは今夜。書き直さなければならないことは明白です。しかし、指摘されたのが何かわからない。。。
やむなく、もとの上司に相談すると。。

「それは多分ね。。。」

と教えてくれました。

「"会社"が動く。。。この表現には、善良な労働者と資本家あるいはその手先の経営者という搾取の構図が感じ取れる。労働者は人間で、"会社"という人間性のない何かが存在するような。。。"会社"の実体はなんなのか?実体は、"会社"=企業が何かの施策を実施するには、起案者がいて、そのスタッフがいて、上司がいて、関連部門がいて、決済者がいて。。と、労働者と同じ"人間"が動いている。フレックスの導入なら、人事部、法務部、そして勿論事業部も関わり議論をしているはず。それを"会社"が動いたというと主語をぼやかす、あるいは、社長1人が動かしたようなニュアンスになる。上場を目指す会社組織は、そうしたニュアンスを社員に伝えてはいけない。」

 

   *    *   *

事件や事故、不祥事を起こした企業の記者会見がTVのニュースで流れます。

「"会社"の指示でやった」
「"会社"に問題があったので、その責任をとって社長が辞任する。」
「それは、"組織"としての方針だった」

誰か個人の意思の問題ではなくて、抗う事のできない集団の意思だったのでやむを得ないというニュアンスです。

また、逆に、企業体の経営層としての判断ではなく、個人の単独行動だったという言い方もあります。

「"組織的"なものではなく、担当個人の問題です」

  *   *   *

誰もが、(ちょっとおかしい。。)と思っている、あるいは、(。。賛成できない)けれど、(他の皆がいいと思うなら。。。反対しないでおこう)というアベリーン現象

www.odr-room.net

になってしまった結果起きた問題には、誰も、(オレの責任だ。。)とは思いません。結果として、"会社"という集団の意思が決めたことが原因だったという意識が、前述の「"会社"が。。。」という表現い繋がっているのではないでしょうか。

 


ところで、この他にも良く耳にするのは、

「"企業"の損失を"国が補償する」

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という表現ですが、これも責任の不在でしょうか。
補償=お金が絡んできますが、国が補償する=税金で補償する=国民が補償するということを忘れてはいけません。