半蔵門御散歩雑談/ODR Pickups

株式会社ODR Room Network

このブログは、株式会社ODR Room Networkのお客様へのWeekly reportに掲載されている内容をアーカイブしたものです。但し、一部の記事を除きます。ODRについての状況、国際会議の参加報告、ビジネスよもやま話、たまにロードレーサーの話題など、半蔵門付近を歩きながら雑談するようにリラックスしたお話中心。

オーラ?的なもの

オーラ?的なもの【御散歩雑談】20191126

 

「あの人からオーラが出ているよ」

って、よく聞く。よく言う。言われている。

確かに、笑顔になんとも言えない魅力がある人はいるし、部屋に入ってきただけで、周囲にピリっとした雰囲気を感じさせる人はいる。

 

オーラ。

 

それが出ていれば確かにすごいし、そんな場面を見て見たいとも思う。できれば自分からオーラを出して、人々を意のままに操れたら?なんて良からぬ欲望も抱く。スターウォーズ、ジェダイのフォースみたいな?

 

「そんな非科学的なことを信じるあなたを軽蔑するわ」

 

なんて、米国ドラマ「ボーンズ」のブレナン博士なら冷たく言いそうだ。

video.foxjapan.com

 

でも確かに

「これオーラじゃない?」

と言うものを感じることはある。私の場合、特定の人の前で声がでなくなる、涙が出るなどの状況になることがあった。その人の発するオーラのようなものに影響されているようにも感じる。

例えば、声が出なくなったのは。。。

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  • 某1部上場企業の会長@会長室

新卒で入社した同企業の会長はいわゆるベンチャーブーム前のベンチャー的創業者で1代で米軍基地の入力サービスから1部上場まで成し遂げた。マスコミで著名ではないが業界では一目置かれている。様々な逸話もある。たまに赤坂や銀座のお供をしたこともある。そこでまた豪遊の伝説を人づてに聞かされる。そうしたストーリーが刷り込まれたあと、広い会長室に通されて仕事の話を、報告を、提案をすることがあり、ソファに腰掛けて会長デスクに座った当人を前にすると、声がでなくなる。かすれる。話していると酸欠のようにもなり、滑らかな言葉が出て来なくなってしまう。何度も体験したのは事実だ。

 

  • 天皇陛下@TV

令和の今上天皇陛下の即位の礼をTVで見ていた。12単の女性皇族が厳かに現れやがて天皇陛下と皇后陛下がひときわ高い台座に現れる。TVの声の演出的なものもあるかもしれないが、その姿を見たら、涙が出てきた。

天皇については、子供の頃からの情報がインプットされている。大人になってからもその意義や継承についての話題もあり、改めて学んだり批判を聞いたりもして、より厚みのある知識も得ている。そうした背景もあり、また丁度雨がやんで出た虹やそれらを取り上げたTV報道の声などもあって、涙が自然と出てきたのだろうか。

母は、特に皇族にこれといった思い入れはなかったといっていたが、地元の植樹祭に当時の皇太子がきたとき、沿道で車で通過する皇太子を見ていたら、「なんだか涙が出ちゃったよ」といった。「なにかあるのかねぇ。不思議だねぇ」と感心していた。

 

これらは、オーラなのだろうか。

 

ところが、相手が著名でも、あまりバックグラウンドを知らない場合には、声も出るし、涙も出ない。

 

  • 海外の著名教授@国際会議の懇親会

APECやOECD、WTAなどいくつかの国際会議に出ることがある。そこで、業界著名人や教授にあうことになる。紹介されあるいは自己紹介して握手をし、会食で談笑する。しかし、いっこうに声はかすれないし、涙も出ない。あとから、プロフィールを読んで、すごい人だったんだと気がつくのだが、2回目以降はもう緊張もしない。声がつまることもないし、涙がでることもない。

 

たとえば前述の伝説の会長。もし逸話や伝説、すごいことをした人だと知らなければどうだろう?それらを知らなければ、きっと海外の教授の時のように、緊張もなく、圧倒もされず、声がでなくなることもないだろう。圧倒されると書いたが、そもそも、そんな”気”が出てくるのではなく、自分の脳がそれらの情報を自分で意識をして”自発的に”怖気付いているだけだ。

たとえば、天皇陛下の逸話をまったく知らなければ、雨が上がって虹がでても、単なる天気の変化としか認識しないで、涙がでることもなかっただろう。天照大神の子孫という伝承と天岩戸の伝説を知らなければ、叢雲の剣の伝説を知らなければ、即位の日の雨と即位の時に雨があがり虹が出ることに、涙することもなかっただろう。

 

オーラの正体。

圧倒されるのは、その「こと、もの、人」に対する知識が組み立てる自分が感じるイメージが理由だ。それに自分が圧倒されて、声が出なくなり、涙が出るのだ。

自分がオーラを纏うには?自分の情報を発信し、記録し、記憶に残していく、このことにつきる、発信量を増やさなければ、人々にオーラを感じさせることはできないはずだ。

 

などと言いながら、でも実は「オーラ」という現象は本当にあるのかもしれない、あったらいいな、すごいな。。。。 とも思っている。