【半蔵門ビジネストーク】20171101 偏食と完食
給食への異物混入事件があったり、強引な完食強要が問題になっているが、遥か遠い記憶の彼方に追いやっていたトラウマが蘇ってきた。
私は小学生のとき超極端な偏食だったのだ。それもハンパない。給食で食べられるものは、パン、牛乳、うどん。オカズで食べられるモノは、ほぼなかった。
例えば、汁物の場合、箸に引っ掛かるモノはダメ。引っかからなくても肉はダメ。小さくてもダメ。魚ダメ。カレーも汁とジャガイモ以外ダメ。うどんの汁も汁以外はダメ。ネギもダメ。タマネギや刻んだ人参などは勿論ダメ。給食だけでなく家の食事でも、みそ汁も飲めず。ジャガイモと卵以外ダメ。食べられたものは何があったのかも思い出せない。ふりかけが最高のおかずだったかもしれない。
給食は残してはいけませんと指導されていた。食べきれない場合には、
「パンは残してよい」
といわれていたので、コッペパンをくり抜き、オカズを全部挟み込んで、手を上げる。
「先生、パンを残していいですか?」
これで切り抜けて来た。
4年生のある日、クラスの誰かが
「万代くんはおかずをパンに入れて残している」
と告げ口し、
「食べられるまでそのままで。今日は勉強しなくていい。」
と先生に言われた。
涙は出なかったが食べられず、午後の5時限、6時限、ホームルーム中も給食が机上にあった。ホームルームでも、クラスメートから、
「食べた方がいい」
「頑張って食べるべき」
などの意見が相次ぎ、放課後、みんなが教室を出てもまだ残されていた。
誰か意地悪なやつが
「食べるまで見張る」
と言って残っていた。クラブ活動の連中が終わって帰ってもまだ教室に給食を机上に残していた。
流石に、夕方になり、
「欲しいものあげるから見逃してくれ」
と見張り役の男の子にいう。すると彼は先生を呼びに行った。
「買収しようとした」それでまた叱られた。
結局食べられず先生も根負けして
「もう残して帰りなさい」
とその日は終わり。
翌日から数日、頭が痛いという理由で学校を休んだ。登校拒否だ。
祖母からは、食わず嫌いだ、贅沢だと言われた。母もいろいろと言われたようだ。でも、本当に食べられなかった。給食を口に入れようとすると臭いで嘔吐(えず)いてしまったのだ。
みんな同じ理由、状況ではないかもしれない。しかし、本当に食べられないケースもある。
ところで、今は偏食は、ほぼない。大人になったからではない。
給食事件の翌年、5年生になって、担任の先生から、「男の子はよく食べる子がかっこいい」と言われたのがきっかけで、まさに急激に偏食がなくなった。実際には、ムリに口に自主的に入れるようになった。単純。嘔吐(えず)いてしまうこともあったが、徐々に克服。もしかすると4年の担任から引き継ぎ事項はあったのかもしれないが、先生の一言で自主的に解消した。
食べ物の無理強いは確かに暴力的だ。できれば衆目を集めない場所で指導してあげたい。体験者の意見である。