半蔵門御散歩雑談/ODR Pickups

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このブログは、株式会社ODR Room Networkのお客様へのWeekly reportに掲載されている内容をアーカイブしたものです。但し、一部の記事を除きます。ODRについての状況、国際会議の参加報告、ビジネスよもやま話、たまにロードレーサーの話題など、半蔵門付近を歩きながら雑談するようにリラックスしたお話中心。

それでもデミアンは一人なのか

それでもデミアンは一人なのか【読書/映画感想】20200428

 

森博嗣氏のWシリーズの続編WWシリーズ。

ウォーカロンが開発され進化し、生命体にも近くなった未来。人間への移植も細胞レベルで実現に、長寿が一般的になった。しかし、細胞を移植することで、遺伝子への影響は子供が生まれない人間への変化を起こしてしまう。細胞をいじらないでいる種族だけが子孫を生み出せる社会の中で、ハギリ博士と情報局員ウグイは不思議な関係を築いていく。今作では、二人は名前を変えてグアトとロジとしてドイツに住んでいるようだが(作中でそのように明言はされていない)そこへデミアンという戦闘ウォーカロンがやってくる。どうやら何かを探しているらしいが。。。。

 

主人公のセリフにもある「今は集まるのは学者とかの物好き」だと。

この未来では、人は物理的に集まらない。集まる必要がないくらい情報へのアクセスは自由になっている。ちょうどいま、コロナウィルスの感染拡大で、リモートワークが推奨され、会議はTV会議が注目され利用が普及しつつある今はもしかするとこの小説のような未来への入り口なのかもしれない。

 

未来にも宗教はある。

一神教はユダヤ教、キリスト教、イスラム教など何らかの唯一神が信じられている。

日本ではむしろ何にでも神が宿る。多神教だ。人にも家にも石にも空にも山にも川にも、道具にさえ神が宿ると信じられている。心からでなくてもぼんやりと。言葉にすら言霊と呼ばれるものが宿り、縁起の悪いことをいうとそれが本当になってしまうと忌み嫌う人もいる。だから、ルールは神のような唯一神ではなく、話し合いで決められる。あるいは、なんとなく社会を漂うムードのようなものがルールと同等の緩やかな支配をすることがある。絶対的なもおのでないから、なにかの加減で大きく方向が変化することもある。

 

はっきりとした脈絡はないが、コロナウィルスの対策で、一神教つまり「信じる絶対的な拠り所」があるということに馴染んでいる国では、一気に押さえつけるロックダウン的な施策が受け入れられやすく、そういう政策が取られやすいのではないか。その代わり、そこへいたるまでは極端に自由。

日本では、ひとまず多神教的な国だと仮置きすると、一気に押さえつけはなかなか踏み込まない。押さえつけても、法律的罰則とその実際の執行まで伴わせないと、要請して、良い子は自粛して従うが、そうでない場合も多い。ただし自粛のほうも、本当に「自」粛というよりは、誰かの影響によりそうなる傾向。これは、話し合いや同調で済ませたいが、その結論が出にくい状態の場合には、外圧を頼るという感じか。

 

現実的には、政府補償とロックダウンをセットで実施できるかどうかなんだろうけど。

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全然、読書感想でなくなってしまったな