ガーデン 植物は笑わない【読書/映画感想】20200908
開発途上国からの帰国子女である主人公は、植物と暮らす。それは途上国での暮らしのトラウマかもしれない。しかし、人と深く触れ合うことが苦手であることの裏返しでもある。慕われたり、冗談めかして結婚しようといわれたり、部屋に行っていいかと誘われたりしてもなびかない。植物と暮らす部屋に戻って行く。それでも、同じ帰国子女の傲慢な女性の登場で、もっと深く関わろうかと思い始める。。
ターニングポイントはあったか?というのが最初のキーワード。転機。分岐点。節目。言い方はいろいろある。主人公は、それは「変わった時」、ではなく、「もう変わらなくなった時」だと定義づける。変わらなくなったとき、安定に走る。主人公の場合、それが植物と暮らすことだったのか。
コミュニケーションの転機。ターニングポイント。植物はずっと黙ってそこにいる。植物は笑わない。笑わないのは植物と動物だ。植物は見えている以外も植物だ。根、吐き出す酸素、吸い込む二酸化炭素、空気を作り出す。彼は植物の反応が心地よいのだ。ペットに癒されるのも同じようなもの。懐いて来るペットが愛おしい。懐かないわがままな猫ですら愛らしい。
人が誰かと関わることもそうだ。心を閉ざしてコミュニケーションを閉ざしても、その存在は伝播する。閉ざしたコミュニケーションが生む反応がなんらかの心地よさ、悪さを生んでしまう。
植物はいつ死ぬ?枯れた時?しかし、水をやり続けると芽を出したりもする。咲いていた花が触れただけで落ちてしまうこともある。水をあげなくても、あげすぎても、日に当たりすぎても、当たらなくても、枯れてしまうことがある。話しかけると育つとも聞く。
植物は笑わない。笑わないのは植物と動物だ。笑い顔が大事、笑うことが長生きの秘訣だなんていうけど、愛想笑いなんて疲れてしまう。しかし愛想笑いでホッとするのも事実ではある。
ところで転機についてだ。自分の転機はいつだったのか。
遡ると、
1981年が就職。
1989年あたりに開発職から企画職へ。
1996年からイスラエル。
1999年からイスラエル訴訟。
2002年勝訴。
2003年入院手術。
2004年子会社へ。
2008年独立。
2009年海外展開。
このあたりから動きが鈍ったのか。今は停止してしまった感がある。
変わり続けられるうちが華なのかもしれない。