半蔵門御散歩雑談/ODR Pickups

株式会社ODR Room Network

このブログは、株式会社ODR Room Networkのお客様へのWeekly reportに掲載されている内容をアーカイブしたものです。但し、一部の記事を除きます。ODRについての状況、国際会議の参加報告、ビジネスよもやま話、たまにロードレーサーの話題など、半蔵門やたまプラーザ付近を歩きながら雑談するように。

引っ越し雑感

引っ越し雑感【たまプラビジネス余談放談】20211014

 

9月末に事務所の引越しを行った。なんだか大変だった。手伝ってもらってどうにかなった。一息ついて改めて引越しについて雑感。

 

事務所の引越しは2回目である。

最初の事務所は半蔵門駅の一番町。駅から20秒の便利な場所。マンション4Fで1Fはお花屋さんだった。ブルーのタイルの綺麗なマンションだった。そこが気に入っていた。(2009年)

2度目は今の事務所 半蔵門駅で住所は麹町。駅からは1分。コンビニまで30秒。レストラン多数、隣はATM。その隣が行きつけのイタリアン。あい向かいが郵便局。今にして改めて最高の環境だったと思う。(2015年)

これらは引っ越し専門業者さんを頼んだ。コストはかかるが効率的。

書類などを段ボールにまとめた。持っていく書類は増えていくことに気づく。顧客が増えていくのだから当然と言えば当然。法的に保存しなければいけないものや、もしかすると必要になるかもしれないもの、そういう判断をしないでただ保存されてしまうもの、最後のが一番多くて大抵は次の引越しまで開梱しなかったりする。今回も前回の引越しから一度も開けていないガムテープ貼ったままのそういう箱が複数あった。つまり7年使わなかった書類。これらは思い切って中を見ないで捨てるべきなんだろうな。でもそこで思い浮かぶのがマーフィーの法則「思い切って捨てると翌日必ず必要になる」今回は必ず全部開けよう。リモートワークの昨今、結局オフィスは書類置き場の要素だけが残るのだろうか。

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プライベートな引っ越しの回数はそれほど多くはないと思っていたが思い返すとそれなりに。

(ちなみに幼少の頃の記憶はあまりない。実際には生まれた街(前橋)から沼田市(柳町、材木町、桜町)と引越している。)

 

振り返ると生活の場は3〜4年ごとに変わっていた。

1度目は大学入学して上京し、最初の下宿に入る時。(1978)この時は、一緒についてきた父親が家賃8千円の3畳一間のとんでもない下宿を決めてしまいそこに1年分の家賃を払って否応なく入ることになった。トイレ共同、キッチン共同、電話呼び出し、風呂なし、音漏れ。遊びにきたお金持ちの同級生が絶句して帰ったのを覚えている。

2度目は下宿内引越し。(1979)6畳の部屋に引越し、冷蔵庫が増えた。ここまでは黒歴史。

3度目は2駅隣の1Kのアパートへ。大学の3〜4年はここで過ごした。ジョンレノンが撃たれたニュースを電話で友人からもらったのもここだし、彼女が初めて泊まって行ったのもここだ。父の会社が倒産して仕送りが途絶えアルバイトを2つ始めたのもここ。一つは西麻布のガソリンスタンド。ブラックエンペラーのメンバーがよく給油に来ていた。もう一つのバイトは池袋北口のキャバレーの呼び込み。就職してしばらくはここに住んでいた。ある朝隣人がドアノック。包丁を持っていた。レコードの音がうるさかったようだ。引越しを決意。(1980)

4度目は就職して横浜のマンション6Fワンルームへ。ここも危ないマンションだった。ある日、深夜にドアをノックする激しい音。でも、寝ぼけて反応しなかったがしばらくすると同じフロアの誰かの彼女が自殺未遂を図ったらしくて救急車がきて大騒ぎになった。こちらも事情聴取を受ける羽目になった。同期の友人の彼女が近くに住んでいて風邪をひいたらお母さんが作ってくれたネギ味噌を喉に巻くといいと持ってきてくれた。あいつらはどうしているだろか(1981)

5度目は横浜美しが丘へ。妹が上京し大学へ通うため両親が心配して一緒に住むことになり2DKに引越し。(1983)

6度目は結婚して今の家の近くへ。2DK。(1986)

7度目は今の家へ。(1990)

7回もしているのか。これらの引越しはいつもトラックを借りて自分で行った。友達にも手伝ってもらった。大変だったが荷物は少ないのでなんとかなった。個人的な引越しでは、むしろ荷物は減っていった。”ここじゃないどこか”へ行こうとしているからだろうか。とにかく捨てていく。立つ鳥後を濁しまくり。大迷惑だな。特に学生時代の引越しは覚えていないくらいものを捨ててきた。まだ分別ゴミを煩く言われなかった頃だ。

 

多分引越しは今回が最後であろう。今まで何度引っ越してもなんの印象も寂しさも残っていなかったが、最後かなと思うと感慨。引っ越しは脱皮のようなもので成長、変化の証なのかもしれない。きっと。