責任とるならむしろ辞めない【たまプラビジネス余談放談】20250729
日本だとなにかというと
「責任をとって辞めた」
「責任をとって辞めろ」
という意見が聞かれる。近いところでは
「選挙の敗戦の責任をとって石破辞めろ」
だ。石破氏は
「日本のために空白を作らないでやる」
と続投した。それにまた署名が起きたりした。
こういうとき、なんで「辞めろ」というのか理解できない。あとがつかえているから明け渡せとも聞こえるぞ。犯罪者ならまだしも、国のため、組織のためになるとは思えない。責任をとってやめろというより、むしろ責任をとって最後までやってなんとかしろ、というべきだ。
サラリーマン時代、海外企業との取引で、相手が倒産して訴訟になった。上司の役員のトップは、ある日曜日が明けたら机の上が綺麗に片付けてあり、パソコンはクリーンアップソフトでデータが全て消されていた。彼は、「責任をとって辞めた」そうだ。現場の実務責任者の私はまったく知らなかった。その後、社長に呼ばれて「君も移動するか?西日本支社長の席を用意できる」と言われた。これも責任をとって辞めるパターンだ。しかし、私が辞めるとその後の訴訟対応は全て部下が被ることになる。それは責任を取ったと言えるのか?即座に移動を断って、訴訟に8年対応した。そして訴訟終了(勝訴)後に会社を辞めた。自分としての責任の取り方の筋はこれだった。責任を取るならむしろケリをつけるまで辞めない。
日本に蔓延る「責任をとって辞める」は、如何にその責任者の”座”がおいしいかなのだろうか。責任をとって辞めて早くそのオイシイ座を明け渡せなのだろうか?明け渡すにしても負債を受け取るのは割りがあうのだろうか?
ある先輩がいうには、「負債があったほうが、自分の施策で少しでも改善すればそれが成果だから、後継者としてはやりやすいかもな」とのこと。

やっぱり責任を取らせるなら、むしろ辞めさせるべきではないと確信する。
Diary:部屋でいつも音楽を流している。朝起きるのはSpotify、その後ニュースとラジオが流れる。9時からはFMが流れ、そこからずっと音楽だ。昼飯時は、TVでぽかぽか。1時からは山崎怜奈のだれはな。3時からはトラッド。稲垣吾郎だ。5時から赤いロケットカンパニー まんぼうやしろのDJ 7時に夕飯になってやっと音楽が止む。音楽を止めると3台のバックアップディスクの回転音が聞こえてきた。