ODR Pickups/半蔵門ビジネストーク

株式会社ODR Room Network

このブログは、株式会社ODR Room Networkのお客様へのWeekly reportに掲載されている内容をアーカイブしたものです。但し、一部の記事を除きます。ODRについての状況、国際会議の参加報告、ビジネスよもやま話、たまにロードレーサーの話題など、半蔵門付近を歩きながら雑談するようにリラックスしたお話中心。

【つれづれ】20171125 航空切手

【つれづれ】20171125 航空切手

 

航空切手という種類があった。

 

1929年ごろ当時併合されていた韓国への航空便専用の切手として発売されていたものだ。航空郵便制度があった時代のもの。

その後、国内の航空郵便制度が速達郵便制度に吸収されて、1953年最後の国際航空郵便が発行された。

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大仏の向こうに富士山。上空を航空機が飛んでいる。

このほかに、同じデザインで色違い、80円、115円、145円の価格違いの3種類が発行された。

 

【半蔵門ビジネストーク】20171124 ODR授業@慶應ロースクール(2017)

【半蔵門ビジネストーク】20171124 ODR授業@慶應ロースクール

 

2008年から毎年呼んでいただいているODRの特別授業もついに10年!時の流れを感じる。

 

 

今年も、三田際の前日で、雨模様の18時過ぎにも出し物を準備する学生さんたちでごった返す中を研究棟へ向かった。例年通りメインステージのロックバンドが音合わせ中。大型の液晶スクリーン、コンピュータと連動した照明、ハイレベルな演奏、ハイトーンヴォイス、アマチュアの進化は著しい。

授業内容は例年のものにアップデートを加えたもの。ODRの議論は、電子商取引だけでなく、裁判プロセスとODRが始まりつつあり、出資や企業買収も進み、変化を迎えている。

 

授業の資料

http://www.odr-room.com/special.htm#%82%8B%82%85%82%89%82%8F%82Q%82O%82P%82R

 

生徒さんからの質問で、「なぜ日本ではODRが進んでいないのか?」という話題で少しだけディスカッション。

  • 日本ではODRに限らずADRも今ひとつだ。これは裁判沙汰という言葉が示すように正義を果たすよりも争いがないことをよしとする国民性かもしれない。
  • もう一つは、弁護士法の非弁提携があることで、例えばIT企業がシステムを構築しても事業化できにくいということがある。


そうなるとODRを進める意味、意義はなんなのか?

  • 日本の紛争を避ける国民性のなかでも、苦情や相談は多い。それは、紛争は避けるが不満はあるということだ。にも関わらず泣き寝入りになるということは、グローバルになっていくなかでは非常に特殊で不利なことである。ODRにより苦情を拾い上げそこから紛争解決にもっていける仕組みを用意することは日本にとっても非常に重要なことだと考える。

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若き法曹を目指す学生がODRに興味を持ってくれて法律家としてODRを日本で実現しようとしてくれればこれほど嬉しいことはない。ODRの会議に日本の法律家が数人でも出席するようになる日はそう遠くないと信じている。

 

 

2016年

www.odr-room.net

 

2015年

www.odr-room.net

 

2013年〜2014年

www.odr-room.net

 

 

 

【つれづれ】20171123 勤労感謝して休むための椅子

【つれづれ】20171123 勤労感謝して休むための椅子

 

祭日。勤労感謝の日。

 

朽ちて来たので捨てようとしたベランダで使っていた椅子だが、ここに置いておけば、掃除や草むしりの途中で休めそうなのでもうしばらく。

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【半蔵門ビジネストーク】20171122 Blackberry KEYoneのJアラート

【半蔵門ビジネストーク】20171122 Blackberry KEYoneのJアラート

 

10月の直撃台風の翌日、地下鉄に乗っていると乗客全員(と思えるくらい)の携帯やスマホが同じ音で鳴り出した。みんなアタフタ。同じくらいの電車の乗っていた次女は、少し後になってから鳴ったようだが、いわゆるJアラートの合奏に初めて遭遇した。

 

この時のアラートは、警報が全て解除されたことの通知だったようで、前日の台風で出ていた河川の氾濫などの警報が解除されたためだったようだ。ちょうど、多摩川を渡る手前だったからなのだろう。

 

ところで私のBlackberry KEYoneはならなかった。アプリがデフォルトでは入っていないようだ。仕方がないので、GooflePlayストアからYahoo!防災情報をダウンロードして設定。

 

基本的な設定。アラートの種類で通知音とボリュームを変えられる。

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先日の初体験アラート合奏は、この解除通知だったようだ。

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過去の履歴を見るとミサイルのアラートもきちんと残っている。これだけアラート音の種類を変えておいた。

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なるべく鳴らないことを祈るが、鳴った時は落ち着いて対処しよう。

 

その心構えをする意味でもアラートは設定すべきだな。

【半蔵門ビジネストーク】20171121 未来は真義主義なのか

【半蔵門ビジネストーク】20171121 未来は真義主義なのか

 

森博嗣氏の最新作Wシリーズの「ペガサスの解は虚栄か?」での未来社会は、

 

  • 人間は細胞レベルでの移植が可能となり飛躍的に寿命が伸びていて、
  • ウォーカロンと呼ばれるアンドロイドではなくクローンでもなくロボットでもない限りなく人間に近い、いやほぼ人間の人間から生まれるのではない人間的な種族?生命?が生まれていて、
  • あらゆる情報、データをインプットし分析し判断しているスーパーコンピュータが各国で稼働している。

そして、

  • 民主主義は終焉し、真義主義の時代となっていた。

 

「真義主義」とはなにか?

ググっても出てこない。唯一中国語のfacebookページがあるようだが、その言葉としての定義は見つからない。

英語では、真義=intendment。

辞書では、本当の意義、真意などと言われている。

 

  • 民主主義は、民意を反映する仕組みだ。しかし、全員一致ではない。話し合いを土台にしているが、決定するのは多数決による。
  • 全員一致ではないものの、みんなの意見は意外と正しいもので、また、みんなの意見で決めたことは進めやすい。しかし、みんなで決めたからってうまくいくとは限らない。例えば、「今度のオリンピックで金メダル10個獲得する」とみんなで話し合って決めたとしても、とれるわけではない。
  • 民主主義は間違うこともあるし、うまくいかないこともある。民主主義は完璧ではない。

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真義主義とは推察するに、

本当に正しいことを行なう主義であろう。みんなにとっていいことを、行なう。その「よいこと」とは、誰か一部の人の意図するものではなく、いや誰かの意図ですらなく、「こうあるべきこと」を採用することをよしとする。

だからあらゆる知識を把握し、シミュレーションを繰り返し、こうあるべきことを見つけ出す必要がある。そのために膨大な演算を高速に処理するスーパーコンピュータに頼らざるを得なくなる。しかし、それが正しいとどう検証するか?コンピュータが導きだした結果が最善ではない可能性はある。データが不足しているかもしれない。ロジックにバグがあるかもしれない。熱暴走しているかもしれない。

それでは結果を検証するためのコンピュータを開発するのか?

つまりは、どうあろうと、最後にはスーパーコンピュータを信じるしかなくなる?結局そこへ落ち着くのか?信じることの重さ、難しさ。もしかすると、人間にしかできないことの最後は、信じることなのだろうか?

演算結果ではなく、確率論ではなく、ただその判断に未来を委ねること。。。

 

真義主義の世界には、国家はなくアニメの「ワンピース」みたいな?世界政府が存在するという。 

【読書/映画感想】20171120 ペガサスの解は虚栄か?

【読書/映画感想】20171120 ペガサスの解は虚栄か?

 

ざっくりとあらすじ

”コーキョ”跡の地下深く隔離されて稼働するスーパーコンピュータ「ペガサス」が、

「人類を減らした方がよい」

という演算結果を出し、アウトプットは非公開にされた。オーロラとの情報交換を望んでいる。また生殖機能を持つウォーカロンがいるという情報で、ハギリ博士とアネバネとキガタはインドに飛んだ。

逃げ出した”子供が産める”機能を備えたウォーカロンは存在し、疑似受胎トリックではなく、もしかすると本当の子供が生まれているかもしれない。そして、ツェリン博士は機密データを息子に託しそれを売っていた疑いが出て来た。そして子供が生まれたことで大きな欲望が動き悲劇が起こる。

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コンピュータが背伸びするか?

「人類が多すぎる」という演算結果は、論理的に考えれば出てくる答えの一つだろう。人工知能は決して人類を支配しようとは考えなくて、単に演算結果としてそれを出すだろう。

新しく政府の政策や判断にも関わる新進気鋭のコンピュータは先走った推論により間違いを犯した。一つの間違いは他の判断も間違っていた可能性に繋がる。若きペガサスは少し先走り自分を認めて欲しいと思ったのか?スーパーコンピュータがプライドとコンプレックスを持ったのか?

 

考えたくないことを人間は考えない

仮に人類が多すぎるという演算が正しいとすると、人間はその結果をどうするだろう?人口抑制のための政策をたてるだろうか?施策を実行するだろうか?それは殺人かもしれない。殺人を是とする政策はありえるのか?ありえない。人間はその演算を考えないためにアウトプットをしないことを選ぶだろう。

 

民主主義から真義主義

民主主義は多数決で多数決で決めたことがうまくいくとは限らない。また多くの間違いも起こる。真義主義では、正しいことを決め実行する。だから高度な演算、シミュレーションが可能はスーパーコンピュータ、人工知能が導きだす結果を使うことになる。しかし、それが正しいことをどう検証する?最後にはスーパーコンピュータを信じるしかない。結局そこへ落ち着くのか?信じることの重さ、難しさ。

 

私に関係する誰かの死

過去は思い出として残る。誰かの死はこれから先の私に影響を与えたかもしれない可能性を失わせる。其の意味で私の未来の一部をも奪ったことになる。私だけではなくその人に関係する人々の未来の一部を奪って行くのだ。

 

 

何が生の証なのか。

ラビーナはロボットを操り外界と接触しそれは楽しかったという。逃げ出したウォーカロンの何人かは、そのボディを捨てて仮想世界に暮らして満足している。生身の行動だけが生の証ではないのかもしれない。

 

子孫が生まれることで母は法を犯し自身を犠牲にして我が子を守ろうとする。細胞の入れ替えによって死なない体と命と引き換えに子供が生まれなくなるのと、子孫を残し伝え入れ替わるということが、どちらが生の証なのか。

 

何が生の証なのか。