「形式」に内包される「敬意」とか【たまプラビジネス余談放談】20250925
Youtubeを眺めていた。
反日に染まった韓国人青年が知り合った台湾女性に聞く。「台湾はかつて日本に植民地支配されましたね。そのことはどう思っていますか」(そういう時期はあったかもしれませんが、それも含めて日本の文化、経済、人々が大好きですよ)韓国青年は衝撃を受ける。確かめるために数週間の台湾調査にでかけ、そこでさらに衝撃をうけるとともに、両国の関係について学び、過去を未来につなげていくことを体感した。彼はいう。日本の文化は形として受け継がれその精神が日本文化としてだけではなく精神として受け継がれているのだ。それは「敬意」ということかもしれない。
言われて思う。ご飯のお箸の置き方。食事の手前に、こちらと向こうを明確に和帰る境目のように置く。そして食べるときにはそれを手に取り手を合わせて「いただきます」という。これは命をいただく感謝と敬意と言われている。「いただきます」を習った子供のころにはは、食べ物の向こう側にある世界観に想いを馳せることはなかった。大人になってからは、その食材そのものだけでなく、食材を育て、収穫し、捕獲し、保存し、調理し、運搬し、それには遍く敬意を払い、感謝を忘れないようにしたい。そういうことって、大人になってやっとわかるんだなということを実感している。

もっと早く知れたらよかったのに。