ODR Pickups/半蔵門ビジネストーク

株式会社ODR Room Network

このブログは、株式会社ODR Room Networkのお客様へのWeekly reportに掲載されている内容をアーカイブしたものです。但し、一部の記事を除きます。ODRについての状況、国際会議の参加報告、ビジネスよもやま話、たまにロードレーサーの話題など、半蔵門付近を歩きながら雑談するようにリラックスしたお話中心。

【ODRピックアップ】20140522 オフィスはホントにないほうがいい?

【ODRピックアップ】20140522 オフィスはホントにないほうがいい?

 

先日の当ブログ 【20140501 電子メールの労使協定 http://odr-room.hatenablog.com/entry/2014/05/01/171136 では、

休日にもメールが届くー>休んだ気がしないー>休日はメールを見ては行けない労使協定が実施される

ことをご紹介しました。「決め(られ)た」「休日」をきちん休もう、それが健全だという考えに基づいています。健全という意味は、肉体的に、精神的に休んだ方がいいということと、規律として、あるいは宗教的な考えに基づいて健全ということでもあります。

 

ものすごーく大雑把に言えば、人類は、かつては日の出とともに起きて、行動(狩猟や収穫など働くことを含む)し、日没とともに休むのが、あたりまえのことだったのでしょう。少しずつ進化し、進歩し、太陽と地球の仕組みを知り、宗教がうまれ、安息日としての週末が広まり、様々な発明が生まれ、それは夜でも働けることを可能とし、効率が追求され、労働時間は賃金に反映され、資本家の搾取が指摘され、人権が”発見”され、労働組合が生まれ、産業革命が大量生産を可能とし、コンピュータが発明され普及し、インターネットが世界を繋げて、デジタル化が進展し、電話を使わず、安価でコミュニケーションができるようになり、それは、とても便利だったが。。。。休日にもメールが届く。。。ので、当たり前に休めなくなった。。に繋がってきたのです。

 

”今”がおかしい、”過去”に、”自然”に帰るべきだという論調もあります。

昔のように身の丈で、慎ましく、欲を出さず、余裕があるときは助け合って、支え合ってという。。。

でも、”身の丈で、慎ましく、欲を出さず”でいると、”余裕”は生まれにくくなり、”支え合う”ことがつらくなるのではないかと推測できます。”余裕”が生まれて、初めて、(継続的に)助けることができ、支え合うには、双方に(継続的に)余裕が生まれる必要があります。一方通行では、支える、支えられる側それぞれの”立場”が生まれてしまいます。継続的であるために、特定の一部ではなくそれぞれに余力を生み出すことを止めるべきではないと考えます。

 

実は、以前病み上がりの時、”もっと身の丈に”でいいんじゃないか?と思った時期もありました。無理することはない、今できることを無理せず、背伸びせずやればいいんじゃないかと。でもすぐに気付きます。身の丈+αでないと、次を考えられないこと。家族に関心を持つ余裕がなくなること。周囲の声を聞いている余裕がなくなってしまうこと。例えるなら、道を歩く時に、落ちてるお金しか眼中になく、周囲の景色や歩いている人々はおろか、落ちているゴミさえも気に留められないようなもの。

 

 *   *   *

 

「これ以上行くと。。。」という人と、「ここまで来たんだから。。。」という人がいます。私は後者のほうかな。それはね、なんでも便利であればいいというものではない、効率化ばかりを追いかけるのはどうか、時間にゆとりをもつためにやることを減らせ、その為には欲望を捨てろ。。。

いや。。それでも。寧ろデジタル化とネットワーク化の進展を精一杯利活用して生産力をあげながら”ゆとり時間”を生み出し、次を考える。。。ほうへ行きたいと思うのです。

 

その決め手は、移動時間だと見ています。

20数年前にも、在宅やサテライトオフィスへの実験的な勤務が盛んに実施されました。この結果は様々な遠隔管理、遠隔作業のノウハウやツールとなって現在にも応用されています。

 

ベンチャー企業Lincoin Loopは、オフィスを持たない会社故に出社の必要がなく、従って極端に言えばどこに住もうがかまわない。つまりどこの国に生まれても関係ない。とさえ、このベンチャーの経営者は力説します。

http://wired.jp/2014/05/02/newworkstyle-vmware/

彼は「「住む場所の自由」を手に入れると、幸せの度合いが増す」といってます。

「通勤」を前提にすれば、できれば近いところへ住みたいと思うでしょう。都会にあるオフィスに通勤するとなると付き物のラッシュの電車、渋滞の道路。幸せとは言い難い。住む場所は、仕事だけで決まるのではなく、その他の人生の要素ー家族、趣味、健康、仲間etc.. も同じように考えに入れて決めたい、決めるべきです。しかも、インターネットやデジタル化によって、嘗ては、勤務する場所で選ぶしかなかった居住場所は、かなり自由になってきました。

今ではオフィスにいかなければ手に入らないモノは少なくなりました。決まった時間に皆と顔を会わせて仕事をするために決められた場所へ移動するのではなく、今いる場所に情報を手繰り寄せ、オンラインで会話し、距離があっても時差があっても、仕事ができるようになりました。(もちろん店舗が必要なサービスなどは別ですが)

 

ところで「場所の自由」の最終形は、ちょっと前に流行った「ノマド」とは違うと思っています。出社しないで自由に仕事=フリーに動いて立ち寄ったおしゃれなカフェで仕事?電車の中でも必要に応じて?忙しいことこの上なし!休憩はキチンととりましょう笑 公共機関での移動中のデジタル機器は周囲のコトも考えて。自宅では家族が第一。でも自室では仕事の時間があってもいいじゃないですか。会議室を兼ねた小さなオフィスあるいは共用スペースは、便利な都会にあればいい。老親や旧友の住む町にも、仕事のできる環境を準備しておけばいい。

自由は、完全に何もかもからの自由では困るのです。