感情の話と仕事の話【半蔵門ビジネス雑談】20200312
仕事の内容ややり方の論争になると話がもつれることは多い。
話がもつれるのは、紛争の扱いに慣れていないせいだ。感情と事実や仕事内容、やり方の話が混同され、仕事内容の評価、特にそれが否定的である場合に、まるで、人格を否定されたように感じてしまい、仕事の方法の議論に感情を混ぜてしまって、感情的な反応を返してしまうために、感情的なぶつかり合いになってしまうことがあるからだ。
例えば。
ある企画部署が、業務プランを提出したところ、関係部署から、そのプランの実現性や実効性についての指摘があった。
関係部署は、普段から企画部署とは交流があるが、不信感や敵対心もあったためか、実現性の問題指摘と実効性について伝える言葉が、その案を否定することから始まる。一緒になにかを成し遂げようというニュアンスが乏しく、不十分なので協力できない、企画から降りる、ほかの部署も協力しないのではないか、などの、推測や非協力的な言葉、あるいは、突き放した言い方が返ってくる。
企画部署は、関連部署からの、実現性や実効性への指摘は的確だったのにも関わらず、非協力、努力への敬意不足、企画そのものへの関心の薄さを感じ取り、実は建設的な指摘だったのに、否定的な、敬意のない態度に傷つけられ憤慨してしまった。
さらに、双方の部署内に、窓口だった者が受けた印象が、主観的な言葉としてバイアスが入ったまま伝わってしまい、部署間は険悪な状態になってしまった。
かくして、本来なら、仲間で共に目標を成し遂げるべき両部署は、仮の紛争状態に突入した。仮にというのは、表立って喧々諤々と言い争うわけではなく、双方が独自に相手の解釈をして、それぞれのサイドで紛争にますます拍車がかかるというものだ。
本来の問題である「実現性や実効性」についてのことではなく、言い方や、対応、態度、そして、言動への推測や陰謀的な観測に終始してしまい、出口が見出されなくなってしまうのだ。
双方に言い分があり、双方に問題がある。
関係部署は事実関係だけを明確に指摘して回答をもとめればいいだけだ。
企画部署も事実関係の指摘だけに着目し冷静に対処すればいいだけなのだ。
揚げ足や言い方にばかり着目するのは、実は
「計画の本筋が正しくて、指摘できることが見つからないから」
と解釈すればいいのだ。
感情的な、推測に満ちた、双方の思惑ばかりにとらわれないで、サクッと、事実と、実現性、実効性に絞って、分析し、議論し、改善していけば、紛争に突入しないはずなのだ。
だって、双方とも、同じ目的に向かっているはずだから。