半蔵門御散歩雑談/ODR Pickups

株式会社ODR Room Network

このブログは、株式会社ODR Room Networkのお客様へのWeekly reportに掲載されている内容をアーカイブしたものです。但し、一部の記事を除きます。ODRについての状況、国際会議の参加報告、ビジネスよもやま話、台湾たまにロードレーサーの話題など、半蔵門やたまプラーザ付近を歩きながら雑談するように。

はじめから”それ”があった世代

はじめから”それ”があった世代【たまプラビジネス余談放談】20211025

 

最近はどこへいくにもWifiがあるかどうかは重要な検討点となる。ホテルでも公園でも学校でも図書館でもデパートでも、、、ないところもまだまだ多いがそれが”ある”と「よりいいかな」と思う傾向。若者たちはWifiないと「信じられな〜い」と嘆く。前職で大学のIT化コンサルティングをしていた10数年前には「情報コンセント」と呼ばれたLANの接続ソケットを机に配置する工事が最先端だったのに。そのころのWifiは限定的な場所のみの対応だったのに、今やどこでも当たり前でそれがある環境でITへの関わりが始まった世代が青春時代を過ごしている。

いつの時代も”それ”がなかった世代とあって当たり前の世代で時代が別れ、発想も変わってくるきっかけとなる。

 

古いところでは、

  • 最初からテレビがあった世代

私はギリギリこの世代。確か1度目の東京オリンピックあたりでうちにも近所の家にもテレビが入っている。ただし白黒。見ないときには布のカバーがかかっていて、チャンネルは手動でガチャガチャとダイヤルを回す式。それまでは電気店の店頭にあったTVを見ていたそうだ。現地に行かなくても情景を見ることができるようになった。一方で情報は作り手によって切り取られて伝わることが静かに普及し始めた。

  • 最初から電話があった世代

その後電話が家に引かれた。確か権利を買う方式で10万近い権利料を払っていたそうな。電話が家に引かれたが誰も電話番号をどこにも知らせていないし、今のような電話セールスもなかったので誰からも電話がない。ある日初めて電話が鳴る。慌てて出るとどう聞いても祖父とわかる声。かけてきた祖父は「どちらさんですか?」と第一声。かけてきたのに。

妹は電話が最初からあった世代ではなかろうか。離れた誰かと手紙以外で意思疎通ができる時代の始まり。リアルタイム。

 

  • 最初からPCがあった世代

これは相当あとだ。多分1995年以降。Windows95が出たあとだ。娘たちがこの世代だろう。ただし本人たちがPCを使うのは随分あとだ。情報の”処理”が自宅でもできるようになった。

  • 最初から携帯があった世代

むしろ娘たちはこの世代。1990年代。最初に買ったのは通話料の安いPHSだったろう。でも、塾にいくにもこれでお迎えの連絡を取り合っている。待ち合わせの連絡に駅前の掲示板を使わなくなった頃だ。大きな変化。電話が携帯される時代。

  • 最初からスマホがあった世代

娘たちですらこの世代ではない。2000年を少し過ぎたあたりからだから平成生まれ世代か。画面をスワイプするのが当たり前の操作方法。孫たち世代だ。2歳前の孫はスワイプができる。情報処理は手のひらに。

  • 最初からリモートワークだった世代

2020年に大学生になった甥っ子はこれだ。入学式もなく1年次はずっとリモートで2年後半にやっと登校できてサークルの勧誘を受け喜んでいる。先週は次女が使っていたベースを借りにきた。バンドに参加してベース担当、初演はニルヴァーナの曲らしい。新卒就職した人々は最初から通勤しなかった世代である。

 

これらの過去を見れば、両親らの世代は「ものがなく、戦争中だった世代」だ。いつも新しいものがあった世代に生まれた我々はその意味では幸せであったのだろう。

 

”それ”らが当たり前であることによって発想もかわるだろう。”それ”を新たに求めることもしないからだ。だからこそきっと今ない次の”それ”を生み出す原動力でもある。一部の天才、発明家、だけでなく需要を作り出す自分も含めた普通の人々ら全体が新しくなかったものを生み出す繰り返しは少し離れて眺めてみるとどんなふうに見えるのだろうか。

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