出資することは信頼だ【半蔵門ビジネス雑談】20200318
自分で事業をやる人は多い。
自分で出資し、自分でやる。自分で儲けて、損するのも自分。わかりやすいし、責任も明確だ。でも、能力的にも物量的にも、やれる範囲は自分でできることまで。能力や行動範囲を広げようとすれば、誰かを雇うことになる。雇う、つまりは、なんらかの範囲で、任せることになる。信頼して任せることになる。任せることができないと、範囲は広がらない。任せるということは、信頼するということで、実は、信頼が最大のポイントなのだ。
事業をやる方法として、出資するという関わり方がある。
会社に出資し、事業は運営者がやる。会社が儲けて、損するのは会社。運営者は給与を得る。出資者は配当を得る。出資金は、融資とは異なる。戻ってこない可能性がある。出資者は自分だけではない。運営者は複数の出資者の資金を預かり、任されて、運営する。信頼されている。だからそれに応えるように運営する。収益をあげ、儲け、配当できるように、運営する。出資した見返りは配当で戻ってくる。そこまで、配当が出るまで、運営者を信頼して任せて待つことになる。ここでも信頼が最大のポイントだ。賭けではない。信頼して任せることが、出資の本質だ。
ここで実は出資者になるための心のハードルが一つ。運営者は、儲からなくても、配当が出せなくても、給与を得る。出資者は、運営者が出資金を合法的に取っている?そう思ってしまう出資入門者は多い。
出資者は思う。
な〜んだ。
結局、損する可能性に対して、自分はなにもできないのか。じゃあ、やめよう。自分で自分に出資して自分でやったほうがいい。
本当にそうだろうか?
出資することは、儲けだけなんだろうか。
自分でやらないことの意味は、自分の時間と労力を使わないこと。その間に、自分の本業をやれるのだ。または、人に任すことができない他の重要なことをやれるのだ。自分がまさにやるべきことをやるために、出資して任せてやってもらうのだ。
それともう一つ、出資した事業の副次的な効果として、自分がやっている本業への相乗効果がないだろうか。それが期待できる事業に出資するのも出資のポイントだ。