自分で決めたくない症候群【たまプラビジネス余談放談】20230801(はてな記事 2952)
なにかと責任をとれと言われる社会になってしまったなぁと感じる。
だからだろうか。
周囲の知り合い、友人たちの中に、何かを決めたがらない、決められない人々がいる。
ランチのメニューですら、
何食べる?
なんでもいいよ。
お前は?
なんでもいいよ。
じゃあカレー?とんかつ?ラーメン?
カレーはちょっとな。
とんかつは気分じゃないかも。
ラーメンは昨日食べたから。
決められない人なのに、嫌なものは言えるのか。
弁護士が昼でもたべようか?という。
秘書が尋ねる。なにがいいですか?
なんでもいいですよ。
お好みは?
なんでも大丈夫です。
こうなると秘書が決めなければならなくなる。何にしたにせよ、弁護士が「XXがよかったのだね」と確認すると「いや秘書が決めてくれました」となる。多分、秘書が叱られる。なんで勝手にきめたんだ?と。
ある知人は数人兄弟の末っ子で自分で決めることがなかった。どんな小さなことでも、例えば、ランチだけでなく、どこへいくのかも、何をして遊ぶのかも、なにもかも。
そして結婚して、今度はなにもかも連れ合いに決めてもらい、なにも自分の判断はしてこなかった。もちろん、これはいやだ、あれは嫌いは主張してきたが、最初の一歩をどちらへ踏み出すのか、どの方向に向かうのか、いつやるのか、やらないのか、なにも自分では決めてこなかった。
そして最後に連れ合いもいなくなり、自分で決めなければならなくなった。しかし決める癖は身についていない。また、誰かに聞くことになり意見を求め右往左往し誰かの意見に頼って決めてあとから後悔を表現する。誰それの意見を聞いただけだと。
それでも実際は最終決断は自分でしている。意見は聞くのはよいが決めたのは自分だ。誰かに委ねたつもりでも実は決めたのは自分だということに早く気がつくといいと思う。
(はてな記事 2952)